取扱い作家・作品名など

作家名ハ~ホ

林倭衛「クヰイの橋」

1895-1945、油彩、カンバス/P15号

大杉栄らの無政府主義者と交流し、大杉がモデルの「出獄の日のO氏」で知られる。1921(大正10年)~26年、1928~29年の2回にわたり渡仏。仏パリの近くのクヰイの橋は数点描いており、その中の一点。鈍い色の空の下、橋と手前に蛇行した流れ、その向こうの2軒の建物と木立を情感を込めて描いている。2回目の渡仏の1928年作。カンバス裏にサインと題名。小崎軍司著「林倭衛」の口絵に所載。=売約済み

原勝郎「滞欧風景」

 1889-1966、油彩、カンバス/F12号 

大正9年(1920年)渡米。11年、仏パリに移り、サロン・ドートンヌなどに出品。パリの複数の画廊で個展を開く。昭和14年戦争のため帰国。パリの街並みなどの褐色系の渋く詩情ある作品群で知られた。やや朱がかった空で朝焼けなのか。明るみの中に浮き上がってくる風景。手前の枝切りをした樹々と緑のうねる地面、自動車、左手の家々と白い坂道、教会らしき建物が厚みをもって積み重なり、生動感が迫ってくる。梅野コレクション(2003年蒐)の作品。=売約済み

 

原精一「北上川風景」

1908-1986、油彩、カンバス/F15号 78,000円

朝焼けだろうか、やや桃色に染まる空の下、峻厳とした量感ある山が迫る北上川の岸に身を寄せているような家並みと、鈍い色の川の流れを詩情を込めて描いている。山塊や家々には雪が残る。

長谷川利行「海」

1891-1940、油彩、厚紙/12.8×17.5㎝

後期には窮民街の簡易宿泊所に寝泊まりし上野などの酒場やカフェ、演芸場の女給、芸人などを素早く描いては飲み代のために売った。伊豆大島を描いたもの。海と空の澄んだブルーと白、島のピンクの線が美しい。⇐売約済み

 

長谷川春子「牧場の家族」

1897-1967、油彩、カンバス/21.4×27.1㎝  

東京の女子名門校、雙葉高等女学校卒。梅原龍三郎に油絵を学んだ。渡仏は1929(昭和4年)~31年で、カンバス裏に1931年作の年記がある。丘の上で憩う母子と父親、向こうに牛。聖母子像にも見える温かな家族愛の一枚。=売約済み

林倭衛「果物図」

1895-1945、油彩、カンバス/F3号  

林倭衛は2回にわたって渡欧しているが、昭和初年(1926年)作とあり、最初の渡欧時の作品と推定される。果物の朱色や緑の色が鮮やかで印象的。=売約済み

 

福沢一郎「月と子供」

1898ー1992、油彩、カンバス/F15号 360,000円

1924年(大正13年)に渡仏。ジョルジュ・デ・キリコやマックス・エルンストの影響を受け、シュルレアリズムを日本に持ち込み実作に挑んだ。39年に美術文化協会を設立し、戦前の前衛美術をリードした。代表作に「他人の恋」「牛」など。戦後の59年の作品で、三日月、提灯、踊る子供など日本の村祭りの夜を思わせる。青い三日月などの色彩の組み合わせが美しい。

二見利節「朝の化粧」

1911-1976、油彩、カンバス/F8号  72,000円

井上三綱に師事し、1933年(昭和8年)、22歳の若さで春陽会展で初入選した。39年、40年と2年連続、文展で特選。長谷川利行の親友でもあった。代表作に「T子」「横たわる女」など。応召し戦後は国画会で鳥海青児らと親交を持った。56年失火により大半の作品を焼失したが、これはその前の52年作で、比較的初期の作品。

船川未乾「三人の裸婦」

1886-1930、油彩、カンバス/F4号    

京都市宇治の旧宮司の家に生まれる。大正11年咲子夫人とともに渡仏し、キュビスム的な作品を描いていたアンドレ・ロートに師事。ピカソ、ブラック、ビシェール、ブラマンクらと交友し特にブラックの影響を受けた。早世し結局、一回の回顧展も開かれず一冊の画集も出ていない。確認されている作品の数もごく少ない。=売約済み

普門暁「花魁(おいらん)」

1896-1972、油彩、板/F4号    170,000円   

大正9年9月に二科展落選を不満として、木下秀一郎、渋谷修、亡命ロシア人画家パリモフ、ブルリュークらと未来派美術協会を設立。ところが、翌年8月に「花の小曲」を二科展に出品。東京の会員の不平を買い、11年元旦付けで離れた。動性の残像を描くような、いわゆる未来派の技法の作品を先んじて残した。禿(子供)の袖口や背景の描き方にその特徴が見える。板裏に「一九二四年二月作」とある。

古澤岩美「ざくろ」

1912-2000、油彩、カンバス/SM        

戦前の1930年代、池袋モンパルナスの一員として小熊秀雄や寺田政明、麻生三郎らと交流。美術文化協会創立に参加しシュルレアリスム絵画を描いた。戦中は中国戦線で従軍し、敗戦・捕虜の生活を経て帰国。これはシュルレアリスムの小品。1949年作。=売約済み

作家名マ~モ

宮崎進「少女」

1922-2018、油彩、カンバス/F2号    73,000円

第二次大戦による4年にわたるシベリヤ抑留を経て帰国。放浪しつつ、少年時代の思い出の見世物芸人や旅で出会った旅芸人たちを郷愁と哀感を込めて描いた。抑留経験を踏まえたシベリヤシリーズも有名。

宮本恒平「裸婦」

1900-1965、油彩、カンバス/F100号 175,000円

士族の長男に生まれ家督を相続。経済的に豊かな環境に恵まれ、大正9年(1920年)、東京美術学校西洋画科を卒業し外遊。帰国後、帝展に連続出品。米国や欧州に滞在した。目白文化村の住人となり下落合の風景を好んで描く。アンチームな(親しくくつろいでいるような)独特の作風で知られた。額なし。

 

宮本恒平「初夏」

1900-1965、油彩、カンバス/F5号  175,000円

1921(大正10年)~23年外遊後、30~36年にも米国、欧州に滞在した。カンバス裏に制作年(1932年)の年記とともに「巴里郊外」の記載があり、郊外の初夏に似合う瀟洒な赤屋根の白い家を題材としたもの。額は画家の上永井正が製作して贈ったものを使っている。

 

水上民平「写真館のある街並」

1898-1994、油彩、カンバス/F8号 

長野県出身。子供の頃、裾花川の河原で中学生の河野通勢が油絵を描いているのを覗き見した。また通勢の家は写真館を営んでいた。中学生になった水上民平はその写真館のショウウインドウに掛けられた通勢とその父の絵を見ながら通学したというエピソードを、洲之内徹が著書「セザンヌの塗り残し」で紹介している。この絵の中央に白壁の写真館があるが、その懐かしい写真館を思い起こして描いたものかもしれない。洲之内の現代画廊では個展も開いた。国画会会員。=売約済み

森川昭「裸婦」

1927-1979、石膏着色/48×14×16㎝  50,000円

 昭和24年、東京芸大を2年で退学し自由美術協会に属して活躍。清新なロマティシズムにあふれた作家と評されたが、52歳で没して惜しまれた。木内岬から影響を受け、画家の古茂田守介、西田勝、小貫政之助らと親しく交友。台座裏に1975年作とある。右腕上腕部に補修跡。右腕肘下部が欠損。

森川昭「裸婦」

1927-1979、木彫レリーフ/15.0×9.5×3.5㎝  

戦後の昭和24年、東京芸大を2年で退学し自由美術協会に属して活躍。清新で若々しく浪漫的な作風で知られた。同会の仲間の古茂田守介の自宅及びアトリエが火事になった際、勇躍火中に飛び込み、作品を外に放り出して救ったという逸話の持ち主。ちょっと野性味のある裸婦像。「女5態」というシリーズ作品にこの像のブロンズバージョンがある。平成5年に開催された藝林での「森川昭彫刻展」の図録など資料付き。=売約済み

森川昭「湾」

1927-1979、ブロンズ/26×22㎝

自由美術協会に属して活動。清新で若々しく浪漫的な作風で知られた。これは1958年作とあり31歳頃のもの。=売約済み

森芳雄「テラスの女」

1908-1997、油彩、カンバス/F8号

山口薫や荒井龍男と共に自由美術協会会員。東京新宿紀伊国屋の正面に架けられていた「二人」が有名。現代画廊の洲之内徹がかつて常連客で、平成31年3月に閉店した浅草の喫茶店アンヂェラスにあったこの絵の汚れが気になり、ほかの2点も含めて洗いに行ったというエピソードがある。温かみのあるヒューマンな作風。昭和28年頃の作で、「二人」や戦前の「肘をつく女」に連なるもの。

作家名ヤ~ヨ

八星美代「化粧」

生没年不詳、油彩、カンバス/48×36㎝    71,000円

おしろいを塗るパフを手に持ち、化粧する情景を描いた珍しい作品。作者については目下詳細情報なし。

山下新太郎「パリの小劇場」

1881-1966、油彩、ボード/F2号 210,000円 

1905年(明治38年)に渡仏。エコール・デ・ボザールに入学しルノワールに傾倒した。10年に帰国。滞欧中には「窓際」「読書」などの甘美な佳作を描いた。渡仏時作で、同様の小劇場のモチーフでサイズの大きな作品も残している。ボード裏に「s.yamas」のサインあり。

 

 

山口薫「風景(静物と海)」

1907-1968、油彩、カンバス/25.9×36.5㎝    530,000円

昭和5年から8年まで渡欧。12年村井正誠、長谷川三郎、瑛九らと自由美術家協会を創立。戦後25年モダンアート協会創立会員。画風は抽象と具象とのはざまを揺れ動いたといわれる。

山崎省三「ノートルダム・ド・パリ」

  1896-1945、油彩、板/F4号    290,000円

村山槐多、今関啓司と共に日本美術院研究生の三銃士と称された。昭和4年に渡欧。昭和20年戦病死。「木綿の肌触りのような画風」と評された。1930年の滞仏時に描いたもの。

山本正「風景」

1915-1979、油彩、カンバスボード/33×23㎝    130,000円

京華中学校卒。独立展で昭和7年独立賞、23年岡田賞。31~32年渡仏。一時抽象に転じたが、具象に戻った。戦中の18年から21年までジャワに滞在し、現地人を数多く描いた。

吉井淳二「パリの街路」

1904-2004、油彩、ボード/F4号 490,000円    

二科会所属。渡仏しドランらの影響を受け、「帽子を被る女」などの佳作を残した。渡仏時の1931年、27歳頃のもの。寒々しい曇天のパリの街角が素早く切り取られている。

吉田卓「裸婦」

1897-1929、油彩、39×26㎝    

大正15年、二科会で二科賞。フォーブ、キュビズム、新古典主義と目まぐるしく画風を変化させた。渡仏を計画するも未達のまま32歳の若さで倒れた。大正モダン香る優れた水彩画も残した。⇐売約済み

作家名ラ~ロ

料治熊太「路」

1899-1982、油彩、カンバス/23×15㎝    

朝鳴の名で創作版画を発表。版画雑誌「白と黒」や「版芸術」を発行し谷中安則や平塚運一を育てた。竹久夢二のセノオ楽譜のコレクターでもあった。珍しい油彩画で夢二の世界を思わせる。=売約済み

作者不詳

作者不詳「籐椅子と裸婦」

油彩、カンバスボード/F3号    47,000円

裸婦が身を預けたクッション様のものの赤と右側のついたて様のものの青の対比が美しい。フォーブ風のタッチで作者も時代も分からないが、達者で雰囲気のある作品となっている。

作者不詳「舞妓」

油彩、カンバス/F6号 62,000円

白塗りの富士額のおでこで、ちょっと緊張したような凛とした表情が印象的な舞妓像。1950~60年代頃の作品か。

作者不詳「梅花湯呑(仮)」

油彩、板/21.7×26.9㎝(F3号) 45,000円

棚板なのか机なのか、その上に置かれた梅花模様の一個の小さな青い湯呑茶碗を静かに描いている。右下に「Seibi.M」のサイン。板裏にサインと「1944.5.15」の制作年記があり、戦中作と分かる。作者はどのような想いでこの小さな湯呑茶碗と向き合っていたのだろうか。

 

 

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