取扱い作家・作品名など

作家名ハ~ホ

二見利節「朝の化粧」

1911-1976、油彩、カンバス/F8号  72,000円

井上三綱に師事し、1933年(昭和8年)、22歳の若さで春陽会展で初入選した。39年、40年と2年連続、文展で特選。長谷川利行の親友でもあった。代表作に「T子」「横たわる女」など。応召し戦後は国画会で鳥海青児らと親交を持った。56年失火により大半の作品を焼失したが、これはその前の52年作で、比較的初期の作品。

船川未乾「三人の裸婦」

1886-1930、油彩、カンバス/F4号    

京都市宇治の旧宮司の家に生まれる。大正11年咲子夫人とともに渡仏し、キュビスム的な作品を描いていたアンドレ・ロートに師事。ピカソ、ブラック、ビシェール、ブラマンクらと交友し特にブラックの影響を受けた。早世し結局、一回の回顧展も開かれず一冊の画集も出ていない。確認されている作品の数もごく少ない。=売約済み

普門暁「花魁(おいらん)」

1896-1972、油彩、板/F4号    170,000円   

大正9年9月に二科展落選を不満として、木下秀一郎、渋谷修、亡命ロシア人画家パリモフ、ブルリュークらと未来派美術協会を設立。ところが、翌年8月に「花の小曲」を二科展に出品。東京の会員の不平を買い、11年元旦付けで離れた。動性の残像を描くような、いわゆる未来派の技法の作品を先んじて残した。禿(子供)の袖口や背景の描き方にその特徴が見える。板裏に「一九二四年二月作」とある。

古澤岩美「ざくろ」

1912-2000、油彩、カンバス/SM        

戦前の1930年代、池袋モンパルナスの一員として小熊秀雄や寺田政明、麻生三郎らと交流。美術文化協会創立に参加しシュルレアリスム絵画を描いた。戦中は中国戦線で従軍し、敗戦・捕虜の生活を経て帰国。これはシュルレアリスムの小品。1949年作。=売約済み

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